日本国内において、ジャイアントパンダの歴史を語る上で欠かせないのが東京都台東区にある上野動物園です。1972年の初来園以来、上野のパンダたちは常に日本のアイドルとして多くの人々に癒やしと感動を与えてきました。ランランやカンカンといった歴史的な初代から、世界的な人気を集めたシャンシャン、そして近年の双子パンダであるシャオシャオとレイレイに至るまで、その名前にはそれぞれの時代背景や誕生のストーリーが込められています。
本記事では、上野動物園で愛されてきた歴代パンダの名前を一覧で振り返りながら、命名の由来や歴史的背景、そして現在の状況まで詳しく紐解いていきます。2026年現在の最新情報も交えながら、パンダたちが歩んできた足跡を分かりやすく解説します。
上野動物園パンダの歴史の幕開け:ランランとカンカン

上野動物園に初めてジャイアントパンダがやってきたのは、1972年(昭和47年)10月のことです。日中国交正常化を記念して中国から贈られたのは、オスの「カンカン」とメスの「ランラン」でした。当時の日本国内におけるパンダブームは社会現象となり連日長蛇の列ができるなど、動物園の枠を超えた一大国民的イベントとなりました。
この2頭の名前は、日中国交正常化という歴史的背景の中で中国側から事前に決定されて贈られたものです。「ランラン(蘭蘭)」と「カンカン(康康)」という響きは、当時の日本国民にとっても非常に新鮮であり、パンダという特別な存在を強く印象づけるきっかけとなりました。残念ながらランランは1979年に、カンカンは1980年に病のため亡くなりましたが、日本におけるパンダ文化の基礎を築いた偉大なパイオニアとして現在も記憶されています。
一般公募で決定した名前たち:トントンとホァンホァン
ランランとカンカンの時代を経て、1980年代には日本国内で初めての繁殖に向けた取り組みが本格化しました。1982年には「フェイフェイ(飛飛)」と「ホァンホァン(歓歓)」が来園し、1985年には待望の赤ちゃんが誕生しました。この時、日本中から大きな注目を集めた赤ちゃんの名前が「トントン(童童)」です。
トントンの名前は、一般公募によって決定された記念すべき第一号でした。応募総数約27万通の中から選ばれたトントンという名前は、愛らしさと親しみやすさがあり、当時の日本中で愛されました。続く1988年には「ユウユウ(悠悠)」も誕生し、上野動物園は世界のパンダ飼育・繁殖の重要拠点としての実績を重ねていきました。
新時代の幕開け:シンシンとリーリー、そして世界を魅了したシャンシャン
2000年代に入り、しばらくパンダの不在期間があった上野動物園ですが、2011年2月に新たなペアであるオスの「リーリー(力力)」とメスの「シンシン(真真)」が来園しました。穏やかな性格のリーリーと、しっかり者の母性あふれるシンシンは、長年にわたって上野の顔として来園者を迎え続けました。
そして2017年6月、シンシンとリーリーの間に待望の赤ちゃんが誕生します。公募によって「シャンシャン(香香)」と名付けられたこのメスのパンダは、公開されるやいなや圧倒的な人気を誇り、経済効果は数百億円とも試算されるほどの社会的ブームを引き起こしました。シャンシャンは中国との取り決めやコロナ禍による延期を経て、2023年2月に中国・四川省のジャイアントパンダ保護研究センターへと旅立ちましたが、今なお多くのファンの心に深く刻まれています。
歴代上野動物園パンダの名前・来園・中国返還一覧表
これまでに上野動物園で飼育された歴代ジャイアントパンダの名前と、来園から現在に至るまでの経緯を分かりやすく一覧にまとめました。
| 名前(愛称) | 性別 | 来園・誕生時期 | 主な経緯・現在の状況 |
|---|---|---|---|
| ランラン(蘭蘭) | メス | 1972年10月来園 | 日中国交正常化記念として初来園。1979年死亡。 |
| カンカン(康康) | オス | 1972年10月来園 | ランランと共に初来園。1980年死亡。 |
| フェイフェイ(飛飛) | オス | 1982年11月来園 | ホァンホァンとペアで来園。1994年死亡。 |
| ホァンホァン(歓歓) | メス | 1982年11月来園 | トントンらの母親。1997年死亡。 |
| トントン(童童) | メス | 1985年6月誕生 | 上野初の一般公募で命名。2000年死亡。 |
| ユウユウ(悠悠) | オス | 1988年6月誕生 | ホァンホァンとフェイフェイの子。中国へ移動後死亡。 |
| リーリー(力力) | オス | 2011年2月来園 | シンシンのパートナー。高齢および健康上の理由等により2024年10月に中国へ返還。 |
| シンシン(真真) | メス | 2011年2月来園 | シャンシャンや双子の母親。リーリーと共に2024年10月に中国へ返還。 |
| シャンシャン(香香) | メス | 2017年6月誕生 | 一般公募で決定。絶大な人気を集め、2023年2月に中国へ返還。現在は中国・四川省に居住。 |
| シャオシャオ(暁暁) | オス | 2021年6月誕生 | 上野初の双子のオスのパンダ。一般公募により命名。現在も上野動物園で元気に成長中。 |
| レイレイ(蕾蕾) | メス | 2021年6月誕生 | シャオシャオの双子の妹。一般公募により命名。現在も上野動物園で元気に生活中。 |
大人気となった双子パンダ:シャオシャオとレイレイの命名の由来
2021年6月、シンシンとリーリーの間に上野動物園初となる双子の赤ちゃんが誕生しました。性別が判明し、一般公募を経て同年11月に発表された名前が、オスの「シャオシャオ(暁暁)」とメスの「レイレイ(蕾蕾)」です。
この2頭の名前には、非常に詩的で明るい由来が込められています。「暁」という字には夜が明け始めて明るくなることや、光が差すという意味があり、「蕾」はつぼみから花ロへと花開いていく将来への希望が表現されています。2つ合わせて「暁暁(シャオシャオ)」と「蕾蕾(レイレイ)」とすることで、「夜明けの光が広がり、やがて美しい花が咲き誇るような明るい未来の訪れ」を願うメッセージが込められました。
誕生当初からメディアやSNSで大きな話題となり、観覧制限や抽選倍率が高騰するなど、日本のパンダファンの心を再び熱くさせました。
2026年現在の状況:リーリー・シンシンの返還とシャオシャオ・レイレイの今
上野動物園のパンダを取り巻く環境は、近年大きな節目を迎えています。長年にわたり園のシンボルとして愛されてきたリーリーとシンシンは、高齢による健康管理上の配慮から、2024年10月に中国へ返還されました。両親の中国帰郷は多くのファンに惜しまれましたが、2頭の健康と安寧を願う温かい拍手とともに送り出されました。
一方で、2026年現在、上野動物園では双子のシャオシャオとレイレイがすくすくと成長を続けています。公開エリアでのびのびと過ごす姿や、日々の食事である竹を美味しそうに頬張る様子は、来園者に変わらぬ癒やしを与えています。親元を離れて自立した生活を送るようになった2頭の姿は、多くの動物ファンやメディアから日々のニュースとして温かく見守られています。
【上野動物園パンダ名前】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上野動物園の歴代パンダで初めて日本で生まれたのは誰ですか?
A1:1985年6月に誕生したメスの「トントン(童童)」が、上野動物園で初めて誕生したジャイアントパンダです。
Q2:シャオシャオとレイレイの性別と現在の飼育状況はどうなっていますか?
A2:シャオシャオがオス、レイレイがメスの双子です。2026年現在は親離れを終え、それぞれ元気に上野動物園の敷地内で生活しています。
Q3:リーリーとシンシンは現在どこにいますか?
A3:長年上野動物園で親しまれてきたリーリーとシンシンは、健康管理上の理由等により2024年10月に中国へ返還され、現在は中国国内の施設で過ごしています。
1972年のランランとカンカンから始まった上野動物園のパンダの歴史は、日中両国の友好の架け橋であると同時に、日本国民一人ひとりの心に寄り添う温かい思い出の歴史でもあります。「トントン」「シャンシャン」「シャオシャオ」「レイレイ」といった愛らしい名前の数々は、それぞれの時代の喜びや希望を映し出す鏡のような存在でした。
リーリーとシンシンの中国返還という大きな転換点を経てもなお、シャオシャオとレイレイが元気に日々の生活を送る姿は、次の世代へとパンダたちの物語が受け継がれている証拠です。これからも上野動物園のパンダたちは、私たちに多くの笑顔と癒やしを届け続けてくれることでしょう。